最上伝承野菜にかかわる人
新庄市本合海地区で畑なすの栽培に取り組んでいる松田さん。先祖がこの地に居を構えたのが今から350 年ほど前といい、佳祐さんは17 代目となります。
農業を生業とし、畑なすの栽培も同じ時を刻んできました。
生でも加熱してもよし。調理方法の幅広さに加え、ふんわりした食感と風味の良さが自慢の畑なす。
在来農法で強く育ち、生命力が強いという特徴がある一方で、育成時間が長く、種を取ることが難しいため、他の品種に取って替わられていきました。
加えて、高齢化などにより畑なすを作っている農家は年々減少しているため、直近の目標は、新庄市内でも作付けができるように若い農家仲間をみつけ、この伝承野菜を守っていくこと、と松田さん。 また、地域にとって「夏の到来を告げる野菜」でもある畑なすの情緒を未来へ残すのも自分の使命と話します。
稲作、畑作、畜産を営む農家の5代目として生まれ、伝統行事を受け継ぐ3世代が同居する家で育った高橋さん。
真室川町役場に勤務していた平成19年、地域活性化を目指す町のブランド推進担当となり、伝承野菜を始め、各種手仕事、伝統行事などの様々な‘地域の宝’の発掘に携わりました。
その中で、後継者不足により、多くの宝が途絶えつつある現実を目の当たりにし、一念発起。
役場を退職し、工房ストローを立ち上げました。
藁細工の他、10種類以上の最上伝承野菜をはじめ約200種類の野菜を栽培しています。
町の伝承野菜を安定的に継承していくため、伝承野菜の種の管理と生産振興等を目的とした「真室川伝承野菜の会」を平成29年に設立。事務局も務めています。
伝承野菜の‘これまで’と‘これから’を日々考えていて、高齢の生産者にも頼りにされる存在です。
室町時代から佐藤家に一子相伝で伝わる ‘甚五右ヱ門芋’の20代目後継者。
佐藤家の家宝の1つとして代々受け継がれてきた甚五右ヱ門芋は、春樹さんの祖父母の代までは、家族が食べる分だけ、ほんの数株栽培されているだけでした。
子供時代から食べ慣れてきたその味は、春樹さんにとっては当たり前のものでしたが、大人になり、他の里芋を食べて初めて、甚五右ヱ門芋の美味しさに気付き、その美味しさや里芋を育む自然の豊かさを多くの人に伝えたいと就農を決意しました。
甚五右ヱ門芋はとても美味しい里芋ですが、他の最上伝承野菜と同様、収量が低く手間もかかるため、市場出荷に向きません。そんな甚五右ヱ門芋を‘適正な価格’で売るため、就農後は徹底したブランド化も行っています。また、様々なイベントも行い、外から人を呼び、地域の人も巻き込んだ活動もしてきました。
現在は、甚五右ヱ門芋以外の最上伝承野菜の販売にも積極的に取組み、自分で売ることが難しい伝承野菜農家にやる気を与えています。
くじらもちや地酒、伝統工芸品等の最上地域の特産品・土産品が豊富に並ぶ「もがみ物産館」。
新庄駅に併設する最上広域交流センター「ゆめりあ」1階にあるということもあり、多くの観光客やビジネスマンが訪れる場所です。
津藤さんを中心にもがみ物産館が、最上伝承野菜の取扱いを始めたのは平成25年。料理人などから需要がある最上伝承野菜ですが、多くが流通面に課題があり、自家消費になっている現状を知ったことがきっかけでした。
もがみ物産館が生産者と料理人などの間に入ることで、これまで対応できなかった‘最上伝承野菜を数種類まとめて発送する’ことができるようになり、販売先は大きく広がりました。
また、近場の飲食店には直接配達も行い、最上伝承野菜の消費拡大に大きく貢献しています。
もがみ物産館では、集荷の際には、生産者がどんな想いで作っているか、どう食べるとおいしいかを聞き、それをお客様に伝えるなど、その丁寧な対応で、生産者と料理人の双方からの信頼を得ています。
この取組みを通して、これまで関わりの薄かった農業分野でのつながりが生まれ、多くの生産者から、「ありがどさま」と数えきれないくらいのお礼を言われたと話す津藤さん。
最上伝承野菜を守っていくためには「売ること」は欠かせません。継続して売っていくために、これからも生産者とお客様の橋渡しをしていきます。
株式会社もがみ物産協会 顧問